舞い込んできたチャンス!~大学院留学と清水エスパルスの通訳経験を活かして~

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浅野
2010年の年末に前述のサッカー代理人の方から
通訳で良ければ、押し込むことができるよ」とご連絡いただきました。

初めて会ってから数回Jリーグの試合会場に連れて行っていただき
カバン持ちのようなことをさせていただいてましたが、
大学の公式戦と重なるようになってから連絡を取らずにいたので、
正直驚きました。

大学のフィジコまだ1年で、この先フィジコとして生きていくには、
経験が必要不可欠と学んできたので、通訳としての加入にはかなり迷いました。
色々な人と話し最後には悩んだ末に自分で決断しました。

そして当時清水エスパルスの強化担当をしていた方と
前述代理人の方と都内のホテルでお会いすることとなりました。

話はもう決まっていたので、
あとは契約書に目を通してその場ですぐサインしました。

仕事内容は外国籍選手(当初はオーストラリア人1名)
英語通訳およびサポート業務でした。

他にもチームのマネージャーやホペイロの補佐業務もありました。
みんなで助け合って円滑に進めるという形です。

 

坂井
元々考えていた将来の職業とは全く違う領域のお話ですもんね。
傍から見たらおいしい話だけに聞こえますが、
相当難しい決断だったんですね。

もう少しお聞きしたいのですが、
浅野さんが在籍中のエスパルスには、アーセナルで無敗優勝を経験した

リュングベリ(元スウェーデン代表)も移籍してきましたが、
他の選手と違うものは感じられましたか?

 

浅野
そうですね、リュングベリが来た頃は
他に3名の外国籍選手もいましたので、
かなりあっちこっちに忙しかったのを覚えています。

リュングベリの話をすれば、率直に言うと静岡の地方クラブは
向いてなかったのかなと思います。

本人の理想の衣食住を叶えられるのは東京だったり
その他の大都市でないと
賄えないなと感じました。

当然テレビで見ていたスーパースターだったので、
少し緊張することも多かったですが、

話をすれば本当に気さくなお兄さんという感じでした。

クラブハウスに着けば選手スタッフみんなと握手して挨拶したり
ミュニケーションも積極的でした。

また同時期に小野伸二選手や高原直泰選手など海外経験豊富な選手もいたので、
そこはリュングベリ本人もやりやすい環境だったと思います。

 

坂井
メチャメチャ貴重なお話ありがとうございます!
そしてかなり豪華過ぎるメンバーの中でお仕事をされていたんですね!

トップ中のトッププレーヤーであり、各国で戦ってきた選手でも
やはり新しい環境に馴染むのは難しいんですね。

その後、強化部や総務のお仕事を経て、これも傍から見たらもったいない
と思われるかもしれませんが、J1のお仕事を辞められ、
改めて昔から描いてた道へすすむことになりますが、
パーソナルトレーナーとして生きていく難しさと醍醐味を教えてください。

 

浅野
現在はパーソナルトレーナーとして活動していますが、
自分としては常に目指してきたところでしたので、
それで生計を立てられているという毎日を楽しく過ごしています。

現在のところではほぼ一般の人のダイエットやボディメイクのため
トレーニングをサポートしてますので、
これまでのようにトレーニングができる、
トレーニングがしたいアスリートではなく、
苦手、できるならしたくない
という方達をサポートしているという点で
初は難しさを感じました。

トレーニングを構成する上で、こうすれば上手くいくという
ゴールドスタンダード的なことがないことが難しさであり醍醐味と感じてます。

姿勢や筋肉のつき方、バランス感覚、動きの癖、そして性格など、
全く同じ人は存在しなく、同じことをしても違う反応が返ってくることは
この仕事の面白さだと思っています。

あとはお客様の目標達成を一緒に迎えられることの嬉しさもまだ格別ですね。

 

坂井
トレーニングを受けられる方にもそれだけの理由や目標に違いがあるんですね。
同じ内容でも人の数だけトレーニングの数があるんですね。

大学で学ばれてから実際にトレーナーを仕事にするまでに
正直なところ、結構時間がかかったんじゃないかと思います。
良い意味で回り道ができたという感じですか?
それとも早くトレーナーになっておけば良かったという思いもありますか?